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震災復興プロダクツ
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予兆、、、
3月9日11時45分。
今思えば、あれが予兆だったとはあの時点では到底考えられませんでした。
めまいにも似た状況に襲われ、その時は脳梗塞の症状でも襲われたのかなと思うほど「気持ち悪い揺れ」を感じ、振り向いて吊り下げ式電灯の揺れ具合でこれが「地震」であることを実感しました。長時間ゆっくりゆっくり静かに揺れました。そして、揺れは終わりました。
その時の気象庁は、震源が120qも離れているから今後大きな地震にはつながらないと発表していました。

貞観地震
2年前のテレビだったでしょうか、仙台市の沿岸から5qの内陸で「津波による砂」が発見されたと放送していました。当時正直、まるで実感が沸きませんでした。仙台市若林区って「遠浅の沿岸」。そんなところにやってくる津波は、1100年前だから起こった事で、まさか現在の状況では映画でもないのだから、『あり得ないよな〜』、、、これが実感でした。そんなことが起こるとしても「三陸の沿岸」でしか起きないと思っていました。
 
   
発生当日…5分間の恐怖
ここ仙台市若林区では、ほとんど前触れもない状態で大きな揺れが始まりました。慌ててテレビを付けましたが、緊急地震速報の画面がぼやっと出てきて(アナログテレビなので)宮城県と岩手県を確認するかしないかで停電となりました。巨大な「地鳴り」と大きな揺れが止まりません。右の図の波形でわかるように収まったかと思うと、もっと強い地鳴りと揺れです。これが5分間も続いたのです。報道では震度4以上の揺れが2分50秒間あり、過去にあった宮城県沖地震クラスの揺れが2回含まれていたそうですが、個人的には大きく分けて3回の波があったように感じました。1回目の揺れでは大きく揺れるのですが書類が散乱する程度で、2回目の揺れでは事務機類が振り子のように大きく揺れ始め、3回目の揺れで事務所内がめちゃめちゃになりました。

カモメが何故ここに…
5分間の恐怖の後、スタッフの中に86歳の肝硬変を患っている母親がいたので、救助に向かうことにしました。場所は仙台市宮城野区東仙台。ここに向かうには、一旦東へ(津波のあった方向)向かい、仙台バイパスから救助に行くのが過去の経験から確実と考え、1階の駐車場に降りた途端、上空でカモメが鳴いているのを聞いて背筋がゾッとする思いを感じました。ここ仙台市若林区裏柴田町は、海岸から約8キロ西に位置しているからです。後になって損保会社の震災担当から聞いた話ですが、夜になって駅前のホテルで「波の華」が舞ったそうです。皆さん、最初はビニール袋が飛んできたのかと錯覚したそうです。

巨大余震の恐怖
東日本大震災の恐怖は、その後の「巨大余震」にあると思います。右図や下図にあるように、約15分間隔で震度5〜6が引き続き発生したのです。気象庁によれば「今回のような複雑なかたちで破壊した地震は極めて希で、1つめの巨大な破壊に相当する波形とは異なる通常見られない特殊な地震波形が認められ、再調査したところ、これが2つめ、3つめの巨大な破壊に相当することが判明」とありますが、当事者はそんな客観的な感想ではなく、まるでこの世の終わりが来たのではないかと錯覚するような「巨大余震」にひたすら「耐える」ことしか出来なかったのです。しかも、停電で周囲の様子が全くわからなかった状況下でです。

止まない余震の不安と恐怖(眠れない暗闇の一夜)
5分から15分間隔で続く余震。どんどん暗くなり夕方には仙台市でも雪が降り積もりました。ここで経験したのが「地鳴り」と「揺れ」が一致しない、、、と云うことです。「ゴォ〜〜〜」と巨大な地鳴りが聞こえるのです。勿論、その後に続く揺れに警戒するのですが、5回に1回は「音だけ」なのです。くるぞ!って警戒するのに揺れない。ラジオでも報道されない。自分たちが住んでいる地面の下ではいったい何が起きているんだろうか、、これが正直な感想です。ラジオでは、私たちが住んでいる近所の仙台市若林区区役所まで水が押し寄せたとか、仙台市若林区荒浜で300人の遺体が確認されたとかの情報が錯綜していました。
 
   
       

 
 

なにも手つかずの一夜
左の書棚がジャンプして、中央のキャスターを一撃しています。震災当初にこの場所に誰もいなかったことを本当に幸運だったと思っています。このままの状態が1週間以上続きました。

   
 

避難所
建物自体は被害の無かった事務局ですので、机や椅子を取り払って仮設の避難所を作りました。約1ヶ月間このような状況が続きました。宮城県沖地震を経験している私にとって、仙台市自体のインフラが戻るのはせいぜい1週間と想定した食料(備蓄)、燃料(石油やカセットボンベ)、等々でしたので、この後1ヶ月以上都市ガスが使用できないことは想像も出来ませんでした。本当に辛い経験でした。

   
 

傷跡…
近所の銀行の様子です。銀行なのに壁ごとはがれ落ちています。報道では、津波に遭った被災の大きいところばかりが放送されていますが、ここ仙台市若林区の津波に遭わなかった場所でも悲しい出来事が沢山発生し、現在でも未だに手つかずの状況であることをご理解いただければ、救われます。

   
 

傷跡…
発生から数日経過して、食料も乏しくなった来た為に残り少ないガソリンで調達に出向いた先での映像です。この自動車会社の窓硝子は全て壊れ、地面も波打つような状態で前方の状況を確かめながらの運転となりました。波打った道路を運転する恐怖も初めての経験でした。

   
 

移動手段の途絶
地方都市であるここ仙台市では、自動車による移動手段が一般的ですが、震災でガソリンの入手が出来なくなってしましました。港という入手ルートを絶たれてしまったのです。少ない量のガソリンに大勢の人が早朝3時頃から並びました。道路は、まるで元旦のようにガラガラの業態で、マスクをした老若男女が自転車で移動をするといった光景を目の当たりにしました。

   
 

利便(convenience)の崩壊
普段当たり前のようにあったコンビニ。それが閉店しています。しかも、判で押したようにガラスに新聞紙を貼り付けて、、、このような状況が仙台市で1ヶ月以上続いたのです。

   



販売単位は、1セット「100枚」でのご注文となります 用紙は「白無地」で、しっとりとした質感のマットタイプです
販売価格は、2,500円 / 1セット(税込)です 送料は、全国一律160円(簡易包装にてクロネコメール便にてお送りいたします)
頂戴した代金から1セットにつき、500円を宮城県に「義援金」として送り、復興活動や支援に役立てます
お支払いは、商品到着後に同封の「払込取扱票」にてお振込み下さい(手数料は別途ご負担お願いいたします)


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